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(読了後再生推奨/画質は720/60p、1080/60pがオススメです)
「ヒルクライムにはいろいろな方法論がある。じゃが、突き詰めればそれは、“重い物を高いところまでいかにして持ち上げるのか”という物理学に帰結する」
ろうそくの光が揺らめく洞窟の奥。かつてへるはうんどと呼ばれた隠居老人は、彼を慕って集まった若者たちの顔を1人1人見渡した後、さらに重々しい声でこう続けた。
「だからこそ、我々のようなピザローディーは物理法則に反旗を翻さねばならない」
キツめの斜度による攻撃を、途方もない時間くり出し続けた大弛峠。激烈な一撃を、最初から叩き込んでくる美ヶ原。敵でありながら、挑戦者の精神に快楽を与えて戦闘を放棄させようとする渋峠。そして、それらの特徴をすべて兼ね備えた峠の王・乗鞍。
へるはんが身振りを交えて語る峠との戦いに、若者たちは目を輝かせて聞き入る。古い冒険の物語に、洞窟の奥は、暗さに似合わぬ熱気に包まれていった。
だが、舞台地と敵に違いはあるにせよ、その物語の根幹はいつも同じだ。ヒルクライムが重い物を高いところまで持ち上げる行為でならば、それを成功に導くための方法は、“体重を減らし”、“持ち上げるための脚力を鍛える事”以外にはない。それは、何人たりとも逃れられない、物理法則そのものだ。
しかし、へるはんの口から「減量」、「ダイエット」、「筋トレ」、「ローラー」などの言葉は一度も出ない。「体が重く」、「脚力が無い」ままでも、自分と自転車を高所へと持ち上げる。彼が語るのはまぎれもなく、“物理法則に反旗を翻した”物語なのだ。
「自転車は進まなければ倒れる。つまり“自転車に乗っている”という事は“前に進んでいる”という事じゃ。そこが乗鞍だろうが、渋峠だろうが、“自転車に乗っていれば”いつかは倒せる。自転車に乗り続けようとする気持ち、自分はこのまま乗り続けられるんだと信じる心……つまり、意思の力で物理法則を覆す事。ここに、インナーロー教団の根幹がある」
どうという事もない精神論。だが、言葉の言い回し、場の雰囲気で、何かとてつもない真理を教えられたように錯覚した若者たちの瞳が、興奮の色に染まる。その様子を見て、満足気に頷くへるはん。
だがその時、若者の1人が立ち上がった。
「老師! では敵が1人ではなく、2人いたらどうなるんですか! 例えばあの“明神・三国峠”のように」
若者の真摯な疑問が洞窟に響く。
わずかな沈黙が支配した……。
わずかな沈黙が支配した……。
ろうそくの炎はゆらめき、答えを求める若者たちの視線は、白いヒゲをたくわえた老師へと収束していく。彼らの気持ちの高まりが頂点に達した時、へるはんは重い口を開いた。
「その時は死ぬ」
「その時は死ぬ」

明神・三国峠は「みょうじん・

この峠は、ローディーのあいだではセットで語られます。その理由は、地図を見ると一目瞭然。御殿場から山中湖に行こうとすると、その通り道として現れるこの峠は、明神峠→三国峠と1本道で続いているため。つまり、戦う場合は、2人セットで相手をしなければならない……というわけなのです。

スタートは新松田駅。HAOさんに連れられて、鮎沢川という川沿いを、まったりと西へ向かいます……。気のせいか、西へ向かうにつれて、2、3%ですが緩やかに登っているようです。


ほどなくして幹線道路を離れ、一気に山の中へ。今度は北西、つまり山中湖の方向へと進んでいきます。どうやらこれが、2人セットの最初の峠、明神峠のようです。


その証拠に、入り口からいきなり10%。いきなりクライマックスな峠は、たいがい殺しに来るレベルというのが経験則ですが、この峠もやばい匂いがします。

道路は広く、キレイで走りやすいですが、斜度的にはまったく走りやすくありません。
ズドンとストレートの道が、ずっと斜度12、13%で続いているので、脚よりも先に心が折られてしまいそう。

距離としては2km無いくらいでしょうか。ストレートが終わると、ゆるい左カーブの坂が続きます。その先が平坦になっているようで、一休みできそう。2連続する敵の、最初の相手としてはなかなかの強敵。しかし、辛くて足をついてしまう……というほどではありません。また、この後のバトルも考え、脚を温存しなくてはなりません。

距離としては2km無いくらいでしょうか。ストレートが終わると、ゆるい左カーブの坂が続きます。その先が平坦になっているようで、一休みできそう。2連続する敵の、最初の相手としてはなかなかの強敵。しかし、辛くて足をついてしまう……というほどではありません。また、この後のバトルも考え、脚を温存しなくてはなりません。


平坦区間で呼吸を整えながら先に進むと、皆が右折しようとしています。明神峠の次、つまり、右折した先が三国峠なのでしょう。





慌ててガーミンの斜度グラフをチェックすると、グラフがバグってます。

今まで登ってきた峠とは比較にならないほど長く、激烈な坂がズドンと画面に表示されています。グラフのテッペンまで画面内に表示されておらず、先がどこまで続いているのかわかりません。

今まで登ってきた峠とは比較にならないほど長く、激烈な坂がズドンと画面に表示されています。グラフのテッペンまで画面内に表示されておらず、先がどこまで続いているのかわかりません。


話をまとめましょう。私は名も無き峠にいい感じに殴られた後、2人の敵だと考えていたけど、実際は単に1つにまとまった鬼が待ち構えるキルゾーンに入り込もうとしているようです。


HAOさんが不吉な言葉を残して先に進みます。“あざみ”とはもちろん、日本一キツイと言う人すらいる富士山の“ふじあざみライン”の事。ふじあざみラインは激坂十傑集の1人ですが、今回挑む明神・三国峠もまた、そのメンバーに入っています。いずれにせよ、常識が通じない相手である事に間違いはありません。


最初の相手である明神峠をおっかなびっくりスタート。すると、いきなり12%、13%、14%と斜度が上がっていきます。先程、私が明神峠だと勘違いした名も無き峠と、明らかにワンランク攻撃力が違います。足を踏み入れた愚か者に、スタート直後に絶望感を与え、深いため息を吐き出させる峠。まさしくモンスタークラスの峠です。
序盤は森の中を進みます。見たくありませんが、斜度計はずっと12~14%あたりをウロウロ。たまあーーーに10%ほど落ちるので、そこでようやく呼吸ができるというイメージ。

アホです明神峠。こんな強烈な斜度が落ちない道路が、グラフで表示しきれないほど先まで続いているのです。

まだスタートして500mも走っていませんが、いきなり弱音が口をついて出るしまつ。走りたくなくなる事を恐れて、あえて細く斜度などを調べずに挑んでいるというのもありますが、この峠はなにかこう、まったく手を抜いてくれない雰囲気が峠全体を覆っています。

と~るさんは当然として、トミィさんやHAOさんほか、速い人はとっくに視界から消えており、最後尾を走る私とりおんさんは、登るというよりも、“坂の中でなんとか自転車を自立させ続けている”という状態。
あまり車は通らず、虫や鳥の声もせず、周囲から音はしません。喋り続けていれば気も紛れますが、斜度計がバグったように11%以上の数字しか表示しない地獄の中では、喋る事もままなりません。集中力を切らして、体幹で支えられなくなるとバランスを崩して足をつきかねないからです。



脳死寸前の会話すら途切れがちな地獄の一丁目、明神峠。後から調べてわかりましたが、坂スペックは距離3.8kmで、平均斜度は11.1%
あの四天坂・最強の風張林道は4.3kmで11.7%、スペックとして大差ありません。風張林道は道幅が狭く、路面も荒れ気味で、登攀難易度はそれだけ高くなりますが、それでもこの明神峠がバケモノクラスの敵である事がわかります。
こんなに広くて、センターラインが存在する道路なのに、風張林道と同程度のスペックというのは、逆に異様なものを感じてしまいます。ちなみに先程のスタート地点の標高は470m、明神峠の頂上は895m。この高低差を、3.8kmで登らせようとした結果、こんな地獄が誕生したというわけです。
せめて景色が素晴らしければ、気も紛れますが、絶景ご褒美はゼロ。森の中を延々と進むだけで、喜びは一切得られません。脳の活動も停止しているので、口をついて出るのは


の2ワードだけ。それでも耐え続けていると、森が切れ、左側の見晴らしがよくなってきました。しかし、今日はどん曇り。晴れていれば遠くまで見渡せるのでしょうが、薄暗い森が敷き詰められているだけで、あまり気がまぎれません。
それにしても、もう3km近くこんな11%オーバー地獄であえいでいるので、体力と気力が底をつきそうです。さらに、いつ明神峠が終わるのか、あるいはもう終わっているのか、三国峠がはじまっているのかなど、何もわかりません。情報の少なさが、気力を削いでいきます。
そうこうしていると、目の前に、不吉な丸いマークが飛び込んできました。まったくの予想外。突然の登場に、慌ててハンドルを握りなおし、なけなしの体幹に力を入れます。丸いマークは激坂の証。脚つきの危険性が、一気に高まります。

予想通り、ペダルが一気に重くなりました。ここまで10%オーバーで重かったのに、さらなる負荷が加わり、シッティングのインナーローで回せるほぼ限界の重さ。苦痛に顔がゆがみます。
見上げるとHAOさんが立ち止まり、そんな私を上から撮影しているのが見えます。つまり、ここが一番キツイ、クライマックスポイントなのでしょう。何か言いたいところですが、あまりのキツさに言葉も出ません。

視界の隅に見える斜度計に、17%、18%といった数字が。瞬間最大的には20%に到達しているかもしれません。いわゆる、脚つき危険度の高い“超激坂“レベル。この手の坂は、“ネタ坂”的に都心部にも存在しますが、何かの建物に通じる道など、短距離で終わる事がほとんど。こんな本格的な山奥の峠の途中に、突然現れるのは反則としか言いようがありません。
体幹で耐えきれなくなり、足つきの恐怖が増加。仕方なくダンシングに切り替えます。苔などは生えておらず、落ち葉もないのでスリップの危険は少ないですが、不得手なダンシングは、登攀に必要な最低パワー以上を消費してしまい、なけなしの残り体力がゴッソリ減ってしまいます。
それでも歯を食いしばり、意地だけでなんとか丸マークゾーンをクリア。言うなれば、風張林道をクリアした直後に、自転車を降りずに、そのまま超激坂を1つ登らされたような苦痛度。鼓動の音で耳が聞こえないほどでしたが、ボトルの麦茶をがぶ飲みしてなんとか落ち着かせます。
そこへ、既に明神・三国両方をクリアしたとーるさんが降りてきました。


後にわかったことですが、私はまだ明神峠すらクリアしていませんでした。丸マークゾーンは明神峠のクライマックスであり、その少し先が明神峠の頂上。しかし、頂上である事を示すものは何もなく、あるのは「明神峠」と書かれたバス停程度。しかも登攀中は余裕がなく、もちろんそんなバス停すら気づいていません。

絶望の中、ゆるゆると進んでいくと、ちょうど明神頂上あたりでゆっこさんが立ち止まっています。



3.8km、平均斜度11.1%の明神峠は終わりましたが、まだこれは2人の敵の1人目。次の敵である三国峠も距離は3km。要するに、まだ全行程の半分ちょっとしか登っていないのです。
明神峠から三国峠は、いわゆる尾根伝いに進んでいく地理関係にあります。しかし、アップダウンではなく、登りばかり。これは明神峠の標高が895mなのに対し、三国峠が1,166mとかなり高いからでしょう。
三国峠の坂スペックは、3kmで平均斜度9.6%。明神峠の11.1%よりはだいぶマシですが、それでも普通の峠が5%、6%である事と比べれば、キツイ峠には違いありません。
しかも、風張林道レベルの明神峠をクリアした直後に、挑まなければならないこの鬼仕様。
しかも、風張林道レベルの明神峠をクリアした直後に、挑まなければならないこの鬼仕様。

ここから先は、もはや記憶も途切れ途切れ。脳の活動も停止させた、無我の境地ペダリングで進みます。意地で脚つきはしていませんが、また激坂が現れでもしたら、その場で敗北しかねません。
斜度計は常時10%程度。確かに今までの明神峠と比べれば楽ですが、まるで平地のように感じる……というほどでもありません。ヨロヨロと這いつくばるように進むのはこれまで通り。視界がひらけているので、どんよりとした気持ちが少し晴れたのが唯一の救いです。

さらに登り続けると、標高は1,000mを越えました。重く垂れ込めた雲の下に、遠くの山がうっすらと見えます。周囲の世界より、頭一つ抜き出た天空世界に入ってきたのがわかる瞬間。ヒルクラをしていて嬉しいと感じる、数少ない瞬間です。
頭上を覆っていた雲が、目の前の森に漂っています。曇りの日だけの特権とはいえ、“雲の中に登っていく”という感覚は、今までの苦労がむくわれたようで誇らしい気持ちになります。


途中、今まで登ってきた静岡県から、神奈川県への県境を通過。さらに進んで三国峠の頂上は、山梨県との県境でもあります。一箇所のヒルクライムで、3つの県を通過できるのは、なかなかない経験です。
途中のカーブで何度か歯をくいしばるシーンはありましたが、その後、丸マークが登場するほどの激坂は無く。
省エネを徹底し、耐えに耐え、なんとか三国峠もクリア。足をつかずに、山梨県へと入る事ができました。
省エネを徹底し、耐えに耐え、なんとか三国峠もクリア。足をつかずに、山梨県へと入る事ができました。




脚力や体幹が足りなければ、恐らく明神峠で脚つきしていたでしょう。
それがクリアできたとしても、スタミナが足りないと三国峠の途中でココロが折れてしまうかもしれません。そういった意味で、明神・三国峠のセットは、短距離の激坂をクリアする能力と、長大な峠をマイペースでクリアする能力の両方が、セットで同時に求められるヒルクラポイントと言えるのかもしれません。
それがクリアできたとしても、スタミナが足りないと三国峠の途中でココロが折れてしまうかもしれません。そういった意味で、明神・三国峠のセットは、短距離の激坂をクリアする能力と、長大な峠をマイペースでクリアする能力の両方が、セットで同時に求められるヒルクラポイントと言えるのかもしれません。
流石は激坂十傑集、相手にとって不足はありません。


ちなみに三国峠からの下りは、山中湖越しに富士山が望める絶景ポイントとして知られています。こんなどんよりとーる日和でなければ、こんな絶景が見られたのだとか(山中湖観光課ページへのリンク)。
山中湖に下った後は、腹ごしらえといきましょう。輪たろうさんのブログで何度か登場していて、行ってみたかった「湖麺屋 Reel Cafe」さんへ。

変わった名前ですが、ラーメン屋さんです。富士山の天然地下水を使い、山梨ブランド食材の甲州地どりや、富士桜ポークで仕込んだスープに山梨ワインのタレを合わせたという、まさに“山梨のラーメン”。カフェでもあるオシャレな店内で、個性的ながら、完成度の高いラーメンがいただけます。







ピッツァやごはん系のサイドメニューも充実しているので、いっぱい食べたい! という人にもオススメです。
その後は、もう少しヒルクラしたり、道志みちで帰るなどのプランもありましたが、天候が悪化傾向なのでビンテージなジャージが可愛いサイクルショップの「LAGO VICINO」さんにお邪魔。花の都公園で撮影なども楽しんで帰路につきました。







雲で見えないなら、自らの体で富士山を表現していくスタイル




富士山の周囲には、凶悪な峠が多いものですが、明神・三国峠のセットは、その中でもトップクラスの強敵と言えるでしょう。
もちろん、標高2,000mオーバーの峠に漂う“別格感”はありませんが、峠としての難易度はかなり高め。最後の三国峠の標高がもっと高く、もっと長ければ、敗北もありえた相手でした。
もちろん、標高2,000mオーバーの峠に漂う“別格感”はありませんが、峠としての難易度はかなり高め。最後の三国峠の標高がもっと高く、もっと長ければ、敗北もありえた相手でした。
血の味指数:明神・三国峠 28.3
4月から関西から関東に移住したのでいつかそのうち血ヘド吐きに行ってみたいと思います。