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 (読了後再生推奨/画質は720/60p、1080/60pがオススメです)



 前回までのあらすじ。

 激坂十傑集に名を連ねる渋峠を攻略したインナーロー教団。

 そこで出会ったのは、坂の辛ささえ、大きく包み込み、覆い隠してしまうような偉大なる絶景。それは四天坂との“格の違い”をへるはんに見せつけると同時に、彼の心に一つの誤解を植え付けていった。

 「標高2,000mオーバーの峠は皆、苦痛を上回る圧倒的な絶景で出迎えてくれるのではないか?」

 渋峠の優しさによって生じた心の隙。例えわずかな隙であっても、奴らにつけこまれるには十分だった。

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 金曜日の深夜……。一週間の仕事でボロボロに疲れたへるはんは、気分転換も兼ねてロードにまたがり、平和なナイトライドを楽しんでいた。

 だが、突然横付けされたハイエース(ではなく日産キャラバン)のドアが開き、男達の手がサイクルウェアに掴みかかる。声を上げる暇も無く、彼はロードバイクごと車内に引きずり込まれてしまった。
 
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 目を覚ますと、見慣れぬハイエース(ではなく日産キャラバン)の天井。体が上手く動かせない。首をまわして薄暗い車内を見回すと、へるはんの愛車も含め、5台のロードバイクが積み込まれている。その周囲には、謎の面をつけた4人の男の姿。

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 面には不可思議な紋様が描かれ、宗教的な匂いが漂う。彼らの言葉は耳慣れないものだったが、時折「ヒルクラ」、「ヒルクラ」、「ノリクラ」という単語が混じっている。

 闇の中をキャラバンは加速していく。窓の隙間から、一瞬「長野」と書かれた緑色の看板がよぎった……。

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 この時、行き先を知っていたら、へるはんは窓ガラスを突き破ってでも脱出していたかもしれない。謎の男達は、彼を峠の王・乗鞍への生け贄として捧げるつもりだったのだ……。




 ベテランサイクリストが「最高の峠」として名を挙げる、サンクチュアリ・長野の渋峠、美ヶ原(うつくしがはら)、そして乗鞍(のりくら)。この中で、ヒルクライムという意味で別格の知名度と羨望を集めるのは“乗鞍”です。

 その理由は「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」というレース。今年で30回目を迎える、歴史ある日本で最高峰のヒルクライムレース。ナンバーワンを競い合うのは、日本各地のヒルクライムレースで優勝を重ねる剛脚達。文字通り、“日本一のヒルクライマー”が決まる決戦の舞台が乗鞍岳。まさに峠の王と言って過言ではありません。

 東京近郊のヒルクラスポットをなんとかやり過ごしてきたインナーロー教団にとって、峠の王との対決など、分不相応そのもの。例えるなら、勇者の家の向かいのパン屋に生まれたニートがセフィロスにひのきの棒で殴りかかるようなものでしょう。

 しかし、マジックミラーヒルクラ号に運悪く乗せられてしまったので、挑まないわけにはいかなくなってしまいました。

 ちなみに挑んだのは10月10日。何を隠そう普通の土日の土曜日。金曜日の仕事終わりに拉致され、徹夜のまま長野に運搬され、早朝に登坂開始。夕方乗鞍を出て、夜に東京に戻ってこようという強行軍。一週間の疲れが最高潮に蓄積された、いわばHPゲージがオレンジ色に染まった状態で毒の沼地に突進するようなもの。自殺志願者と似たようなものです。

 ちなみに乗鞍ってどこだという話ですが、AACR(アルプスあづみのセンチュリーライド)でさんざん登場した長野の松本駅から、西へ数十キロ進んだ場所にある3,000m級の山々です。
 
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 アクセス方法は、電車であれば新宿からあずさで松本駅へ、そこから松本電気鉄道の新島々駅へ。そこからバスが出ているので、それで乗鞍の観光センターまで登り、そこから頂上へとヒルクライムするというのが一般的(バスには荷物室があり、輪行袋に入れた自転車を載せられるのだとか)。

 もしくは、車の場合は中央自動車道をひた走り、松本ICで降りてそこから観光センターを目指す……という形。いずれにしても、東京からだとかなり距離があります。

 電車の場合、電車賃がかさみ、また始発で出発しても乗鞍観光センターに到着するのは9時や10時になる事が避けられず……なかなか日帰りでは挑戦しづらい場所と言えるでしょう。理想を言えば、松本などに宿をとって、前泊してアタックするのが楽。

 逆に、体力勝負のアタック方法が、沢山ロードバイクや人間を運搬できるキャラバンやハイエースなどのレンタカーを借り、皆で前日の夜中に東京をスタート。夜通し走って、明け方に乗鞍に到着し、登坂、そのまま車で帰るというもの。

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 レンタカー代や高速料金、ガス代がかかりますが、例えば今回のように5人で割り勘すれば、たいした金額にはなりません。眠い中運転するのは大変ですが、免許を持った大人が5人もいれば、ローテーションで運転でき、運転していない人は仮眠をすればOKという理論が成立します。

e3e05b84しかし、机上の空論と言うように、理論で組み立てた計画は、現実の困難の前にしばしば崩壊するものなのだ。
 

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 キャラバンというこの車、後部に広大なスペースがあり、ロードバイク程度であれば5台は搭載可能。さらに運転席、助手席に加え、折りたたみ式の後部座席を広げれば、後ろに大人3人も乗る事ができる……という触れ込みでした。

 しかし、最大の問題はこの後部座席の背もたれが腰までしかない事。

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 つまり背中や頭は固定されておらず、仮眠しようにも頭がどこかに固定できません。さらに、質実剛健なキャラバンは、お世辞にも乗り心地が良いとはいえず、ガタゴト、ユラユラする車内の中で、3時間半ほど、首の痛みをこらえながら、同じ姿勢をとり続けなければなりません。ヒルクラなんかより、よっぽど恐ろしい拷問と言っても過言ではありません。

DSC04447のコピー


e3e05b84この体制で3時間半wwwwwwwww



e-nL8MyV_400x400首wwwwがwww死wwwwwwぬwwwwwww



pD95vJZ2_biggerへるさん、私があみだした理想の体制は胎児のようにまるまって頭の重さを分散させる体勢です。これこの通り……


e-nL8MyV_400x400僕はもう何も感じない事にしました



e3e05b84俺は金でなんとかしよう。そこのコンビニ寄って、枕買ってくるから



oq_xBMJDコンビニに枕売ってるの?



e3e05b84売ってなかったのでかっぱえびせん買ってきた



BFQit6Dg_200x200しっかりしてへるさんwww



e3e05b84大丈夫、まだ脳は寝ていない。やけ食いするためじゃないんだ、これをこうして……



BFQit6Dg_200x200ドアの内側と頭の間にかっぱえびせんの袋を挟んでるwwww



oq_xBMJDかっぱえびせん枕にする人始めて見たwww



e3e05b84あー、いまこのえびせんの配置がちょうど枕にイイ感じだから、はやく出発して!!



BFQit6Dg_200x200わかりました。行きますよ



ゴーゴー、ゴトンゴトン

バリッ、グシャ、バリッ、グシャ


ゴーゴー、ゴトンゴトン

バリッ、グシャ、バリッ、グシャ



e3e05b84揺れるたびに耳元でかっぱえびせんが砕けて仮眠どころじゃねええーーーーーー!!



BFQit6Dg_200x200あの人に睡眠薬飲ませて黙らせて



 乗鞍の玄関にたどり着く前に、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。しかし恐ろしい事に、“移動のキツさ”に加え、一行には“寒さのキツさ”という試練も待ち受けていました。

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 10月10日は、現在よりも少し前。東京の気温も晴れていれば20度を大きくオーバーして、自転車に乗れば汗ばむ程度。夏用のウェアにウインドブレーカーを装備するか、秋用の長袖ジャージを着用するかといった気温。

 しかし、挑む乗鞍の最高到達点はなんと標高2,720m、これは富士山五合目(2,300m)をも超える、超高所。事前に調べた情報によれば、曇であれば気温は2度や3度になるとのこと。真冬に気温3度、雪まみれの都民の森に完全真冬装備で挑んで、ダウンヒルで凍死した経験がありますが、気温次第であのレベルの装備が必要になる可能性もあります。

 何を着て行けばいいのか? 何の装備が必要なのか? 最適な回答を誰も持ちあわせていないまま、一行は深夜2時頃、高速道路の休憩地点、八ヶ岳パーキングエリアに到着しました。

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BFQit6Dg_200x200さむ!!



oq_xBMJDやべぇww さみぃw 死ぬw


 秋用のウェアに身を包んだ我々が車から出ると、凄まじい冷気が体を包みます。笑い事ではなく、勝手に体がガタガタ震え、慌ててパーキングエリアの建物に飛び込み、震える手でホットコーンスープを連打するほどの寒さ。八ヶ岳パーキングエリアは標高が高く、深夜である事も手伝い、気温は恐らく7度とか8度しかなさそうです。

e3e05b84八ヶ岳でこんなに震えてたら、乗鞍なんて登れないじゃんwww



oq_xBMJDだねww 死ぬねこれww



e3e05b84もうこのまま深夜ドライブでラーメン食って帰ろうぜ



 まだ松本ICまでは距離があり、ICを降りた後も乗鞍まで1時間以上走らねばなりません。

 その間に、今回の登坂コースをチェックしましょう。先ほど、観光センターから乗鞍のてっぺんを目指すのが普通のコースと紹介しましたが、ハイエースの中には、へまさんとHAOさんがいます。他に、登れると~るさん、トミィさんもいて、最後にピザ豚の私で合計5人。このメンバーが“普通に乗鞍登って終わり”というコースを引くわけがありません。

 で、実際に走ったコースがこちら。


 乗鞍観光センターは地図の右下あたり。しかし、私達がスタート地点に選んだのは、山を挟んだその真裏にある平湯温泉。そこから時計回りにスターとし、安房峠という峠をクリア、さらに白骨温泉という場所でもヒルクライムをこなし、およそ1,000mの登坂を終えた状態で観光センターに到着。そこから乗鞍にアタックし、そのまま山の向こうへダウンヒル。平湯温泉に戻る……という一周コースです。


e3e05b84すんません、距離72kmで獲得標高2,500mとかなってんですが、なんですかこの鬼のようなコースは



oq_xBMJD面白そうでしょ



BFQit6Dg_200x200いやー、さすがへまさん原案ルート、乗鞍を最後に持ってくるあたりにへるさんへの愛を感じる


oq_xBMJDキツくてUターンしたくなっても、メインディッシュの乗鞍が最後なら、登らないわけにはいかないでしょ。


e3e05b84( ;∀;)スベテヨマレテイル


 この“乗鞍大回り”、脚の限界が訪れたら、躊躇なく離脱したり、輪行で帰宅する私の習性を見越して、大回りを完成させねば車のあるゴール地点に辿りつけないという鬼仕様。さらに途中で逃げ出せば、乗鞍に遠路はるばるやってきたのに、乗鞍に登らずに逃げ帰るという最悪の結末が訪れます。

 つまり「生きて帰るには登れ」というメッセージがルートからにじみ出ているわけです。地図に線を引っ張っただけで、特定のメッセージを生み出せるというのは、一つのスキルに他なりません。

oq_xBMJDだって普通に乗鞍登るだけだと、1,300mUpくらいで終わっちゃうじゃん。渋峠単体とあまり変わらないし、わざわざ長野まで来たんだしさ。


e3e05b84まぁそりゃそうだね。1,300mUPじゃあもったいない気はするな……頑張るか……



 この時、私とへまさんの頭の中にあった比較対象はまぎれもなく「渋峠」。あの優しい渋峠が、あんな感じだったのだから、乗鞍もきっと同じだろう。それであれば、乗鞍単体で終らせるのではなく、オマケをプラスして大きなループコースにしよう……というアイデアは、その時は至極まっとうなものに感じられました。

 しかし、それが大きな誤りだと気付いた時には、既に手遅れだったのです……。

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 次回に続く