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前回までのあらすじ。
激坂十傑集に名を連ねる渋峠を攻略したインナーロー教団。
そこで出会ったのは、坂の辛ささえ、大きく包み込み、覆い隠してしまうような偉大なる絶景。それは四天坂との“格の違い”をへるはんに見せつけると同時に、彼の心に一つの誤解を植え付けていった。
「標高2,000mオーバーの峠は皆、苦痛を上回る圧倒的な絶景で出迎えてくれるのではないか?」
渋峠の優しさによって生じた心の隙。例えわずかな隙であっても、奴らにつけこまれるには十分だった。

金曜日の深夜……。一週間の仕事でボロボロに疲れたへるはんは、気分転換も兼ねてロードにまたがり、平和なナイトライドを楽しんでいた。
だが、突然横付けされたハイエース(ではなく日産キャラバン)のドアが開き、男達の手がサイクルウェアに掴みかかる。声を上げる暇も無く、彼はロードバイクごと車内に引きずり込まれてしまった。

目を覚ますと、見慣れぬハイエース(ではなく日産キャラバン)の天井。体が上手く動かせない。首をまわして薄暗い車内を見回すと、へるはんの愛車も含め、5台のロードバイクが積み込まれている。その周囲には、謎の面をつけた4人の男の姿。

面には不可思議な紋様が描かれ、宗教的な匂いが漂う。彼らの言葉は耳慣れないものだったが、時折「ヒルクラ」、「ヒルクラ」、「ノリクラ」という単語が混じっている。
闇の中をキャラバンは加速していく。窓の隙間から、一瞬「長野」と書かれた緑色の看板がよぎった……。

この時、行き先を知っていたら、へるはんは窓ガラスを突き破ってでも脱出していたかもしれない。謎の男達は、彼を峠の王・乗鞍への生け贄として捧げるつもりだったのだ……。
ベテランサイクリストが「最高の峠」として名を挙げる、サンクチュアリ・長野の渋峠、美ヶ原(うつくしがはら)、そして乗鞍(のりくら)。この中で、ヒルクライムという意味で別格の知名度と羨望を集めるのは“乗鞍”です。
その理由は「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」というレース。今年で30回目を迎える、歴史ある日本で最高峰のヒルクライムレース。ナンバーワンを競い合うのは、日本各地のヒルクライムレースで優勝を重ねる剛脚達。文字通り、“日本一のヒルクライマー”が決まる決戦の舞台が乗鞍岳。まさに峠の王と言って過言ではありません。
東京近郊のヒルクラスポットをなんとかやり過ごしてきたインナーロー教団にとって、峠の王との対決など、分不相応そのもの。例えるなら、勇者の家の向かいのパン屋に生まれたニートがセフィロスにひのきの棒で殴りかかるようなものでしょう。
しかし、マジックミラーヒルクラ号に運悪く乗せられてしまったので、挑まないわけにはいかなくなってしまいました。
ちなみに挑んだのは10月10日。何を隠そう普通の土日の土曜日。金曜日の仕事終わりに拉致され、徹夜のまま長野に運搬され、早朝に登坂開始。夕方乗鞍を出て、夜に東京に戻ってこようという強行軍。一週間の疲れが最高潮に蓄積された、いわばHPゲージがオレンジ色に染まった状態で毒の沼地に突進するようなもの。自殺志願者と似たようなものです。
ちなみに乗鞍ってどこだという話ですが、AACR(アルプスあづみのセンチュリーライド)でさんざん登場した長野の松本駅から、西へ数十キロ進んだ場所にある3,000m級の山々です。

アクセス方法は、電車であれば新宿からあずさで松本駅へ、そこから松本電気鉄道の新島々駅へ。そこからバスが出ているので、それで乗鞍の観光センターまで登り、そこから頂上へとヒルクライムするというのが一般的(バスには荷物室があり、輪行袋に入れた自転車を載せられるのだとか)。
もしくは、車の場合は中央自動車道をひた走り、松本ICで降りてそこから観光センターを目指す……という形。いずれにしても、東京からだとかなり距離があります。
電車の場合、電車賃がかさみ、また始発で出発しても乗鞍観光センターに到着するのは9時や10時になる事が避けられず……なかなか日帰りでは挑戦しづらい場所と言えるでしょう。理想を言えば、松本などに宿をとって、前泊してアタックするのが楽。
逆に、体力勝負のアタック方法が、沢山ロードバイクや人間を運搬できるキャラバンやハイエースなどのレンタカーを借り、皆で前日の夜中に東京をスタート。夜通し走って、明け方に乗鞍に到着し、登坂、そのまま車で帰るというもの。



レンタカー代や高速料金、ガス代がかかりますが、例えば今回のように5人で割り勘すれば、たいした金額にはなりません。眠い中運転するのは大変ですが、免許を持った大人が5人もいれば、ローテーションで運転でき、運転していない人は仮眠をすればOKという理論が成立します。


キャラバンというこの車、後部に広大なスペースがあり、ロードバイク程度であれば5台は搭載可能。さらに運転席、助手席に加え、折りたたみ式の後部座席を広げれば、後ろに大人3人も乗る事ができる……という触れ込みでした。
しかし、最大の問題はこの後部座席の背もたれが腰までしかない事。

つまり背中や頭は固定されておらず、仮眠しようにも頭がどこかに固定できません。さらに、質実剛健なキャラバンは、お世辞にも乗り心地が良いとはいえず、ガタゴト、ユラユラする車内の中で、3時間半ほど、首の痛みをこらえながら、同じ姿勢をとり続けなければなりません。ヒルクラなんかより、よっぽど恐ろしい拷問と言っても過言ではありません。














ゴーゴー、ゴトンゴトン
バリッ、グシャ、バリッ、グシャ
ゴーゴー、ゴトンゴトン
バリッ、グシャ、バリッ、グシャ


乗鞍の玄関にたどり着く前に、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。しかし恐ろしい事に、“移動のキツさ”に加え、一行には“寒さのキツさ”という試練も待ち受けていました。

10月10日は、現在よりも少し前。東京の気温も晴れていれば20度を大きくオーバーして、自転車に乗れば汗ばむ程度。夏用のウェアにウインドブレーカーを装備するか、秋用の長袖ジャージを着用するかといった気温。
しかし、挑む乗鞍の最高到達点はなんと標高2,720m、これは富士山五合目(2,300m)をも超える、超高所。事前に調べた情報によれば、曇であれば気温は2度や3度になるとのこと。真冬に気温3度、雪まみれの都民の森に完全真冬装備で挑んで、ダウンヒルで凍死した経験がありますが、気温次第であのレベルの装備が必要になる可能性もあります。
何を着て行けばいいのか? 何の装備が必要なのか? 最適な回答を誰も持ちあわせていないまま、一行は深夜2時頃、高速道路の休憩地点、八ヶ岳パーキングエリアに到着しました。



秋用のウェアに身を包んだ我々が車から出ると、凄まじい冷気が体を包みます。笑い事ではなく、勝手に体がガタガタ震え、慌ててパーキングエリアの建物に飛び込み、震える手でホットコーンスープを連打するほどの寒さ。八ヶ岳パーキングエリアは標高が高く、深夜である事も手伝い、気温は恐らく7度とか8度しかなさそうです。



まだ松本ICまでは距離があり、ICを降りた後も乗鞍まで1時間以上走らねばなりません。
その間に、今回の登坂コースをチェックしましょう。先ほど、観光センターから乗鞍のてっぺんを目指すのが普通のコースと紹介しましたが、ハイエースの中には、へまさんとHAOさんがいます。他に、登れると~るさん、トミィさんもいて、最後にピザ豚の私で合計5人。このメンバーが“普通に乗鞍登って終わり”というコースを引くわけがありません。
で、実際に走ったコースがこちら。
乗鞍観光センターは地図の右下あたり。しかし、私達がスタート地点に選んだのは、山を挟んだその真裏にある平湯温泉。そこから時計回りにスターとし、安房峠という峠をクリア、さらに白骨温泉という場所でもヒルクライムをこなし、およそ1,000mの登坂を終えた状態で観光センターに到着。そこから乗鞍にアタックし、そのまま山の向こうへダウンヒル。平湯温泉に戻る……という一周コースです。





この“乗鞍大回り”、脚の限界が訪れたら、躊躇なく離脱したり、輪行で帰宅する私の習性を見越して、大回りを完成させねば車のあるゴール地点に辿りつけないという鬼仕様。さらに途中で逃げ出せば、乗鞍に遠路はるばるやってきたのに、乗鞍に登らずに逃げ帰るという最悪の結末が訪れます。
つまり「生きて帰るには登れ」というメッセージがルートからにじみ出ているわけです。地図に線を引っ張っただけで、特定のメッセージを生み出せるというのは、一つのスキルに他なりません。


この時、私とへまさんの頭の中にあった比較対象はまぎれもなく「渋峠」。あの優しい渋峠が、あんな感じだったのだから、乗鞍もきっと同じだろう。それであれば、乗鞍単体で終らせるのではなく、オマケをプラスして大きなループコースにしよう……というアイデアは、その時は至極まっとうなものに感じられました。
しかし、それが大きな誤りだと気付いた時には、既に手遅れだったのです……。

次回に続く
ありがとうございますー
後編もうちょっとだけお待ちを!! (*´ω`*)v