自転車乗り向け漫画紹介、2回目は定番中の定番、めでたくアニメ化も決定した渡辺航氏の「弱虫ペダル」です。ぶっちゃけチャンピオン連載の有名マンガなので、こんな場末のブログで紹介する意味ナッシンですが。

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 AKBコンサートにタダで行けるからという理由でロードバイク買った人を知ってます。

 それはさておき、主人公・小野田 坂道(なんちゅー名前だ)は、オタ趣味なインドア派の純朴高校1年生。しかし、電車賃を浮かしてガチャポンをやりたいというだけの理由で、小学生の頃から、片道45km以上離れたアキバにママチャリで通い続けるという、とても正しいけれど、間違った方向に熱意が炸裂している人物です。

 アニソン大声で歌えば、どんなにツライ坂道も楽しく登れるという変態ぶりですが、現代におけるアニメや漫画の本質は、辛い現実からの逃避ですので、アニソンの正しい活用方法とも言えます。そういえばこないだ昭和記念公園のサイクリングロード行ったら、放課後ティータイムを自転車搭載スピーカーで爆音鳴らしながら時速40kmくらいで巡航しているローディーがおられました。無理に面白い事書こうとしてると思われるかもしれませんが、残念ながら本当です。

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 もともと自転車の才能があるところに加え、そんな無茶苦茶な毎日を送った結果、坂道少年は、鬼のようなケイデンスでクランクを回し、坂道をマッハで登れる天才クライマー化。後に所属する事になる総北高校自転車部メンバー達のド肝を抜きます。

 何かのキッカケで、未体験の世界に飛び込み、挫折と成功を経て、仲間を作り、成長していくのは少年漫画の王道。坂道少年の場合は、剣や魔法、サッカーボールやバットではなく、それが自転車だったというわけです。

 野球やテニス、サッカーであれば、誰もが基本的なルールを理解した上で読みます。しかし、「弱虫ペダル」の場合は、日本人にあまり馴染みがない自転車ロードレースが題材。「レースだから、ヨーイドンして一番先にゴールした奴が優勝だろ?」と思いがちですが、実はロードレースは超チーム戦。駆け引きや作戦が重要になるスポーツです。

 ここらへんを理解していないと、ツール・ド・フランスなんかを見ても「なんでスター選手がずっと集団の中でまったりしてんの?」「飛び出して行った選手を誰も追わないのはなんで?」と、はてなマークだらけになりますが、この漫画を読んでおけば大丈夫。少年漫画なので読みやすく、ロードレース入門書に最適なのではと、ロード買うまでロードレースのロの字も理解していなかった私は思います。

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 ツール・ド・フランスも、この漫画もそうですが、ロードバイクの良いところは、平地で時速70~80kmくらいで巡航し、坂道では自動車すらぶち抜く「こいつら人間じゃなくて、カリキュラマシーンかなんかだろ」と言いたくなプロ選手や、漫画の中のかっこいいキャラクターが乗っている自転車と、基本的にまったく同じものが、普通にチャリンコ屋に売っている事でしょう。

 これがF1レース漫画だったら、逆立ちしても一般人には買えない&乗れません。峠の走り屋漫画のクルマなら買えない事はないですが、クルマやバイクは金額的にそうポンポン買えるもんではありません。まあロードバイクも高いですけど、オーディオとかミリタリーとかカメラとか、私が他に首を突っ込んでる趣味と比べると"金のかかりかた”は控えめな方だと思います。
 
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 そんなわけで、自然と、自分と同じメーカーの自転車に乗っているキャラがお気に入りに。関西出身の鳴子は、”勢いの良さ””人を魅了する派手な走りで”に命を掛ける直情的なキャラクターで、言ってしまえば単純バカですが、根は仲間思いの良い奴で憎めません。「赤くてカッコイイやろ」という単純な理由でピナレロ乗ってるみたいでバカにされそうですが、「なんかフォルムがエロくね? んで言葉の響きもたまらないし。ピナっとしてレロっとしている」というような理由でピナレロを選んだ自分としてはむしろ師匠と呼ばせて欲しいくらいです。

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 実のところ、自転車にハマる前から、普通の漫画の1つとして読んでおり、当時は自転車のメーカーまで気にしていませんでした(どっちかというとバイク漫画の方が好きだった)。意味がよくわからない部分もありましたが、ロードに乗るようになると「ああそういう事か!!」と、膝を打つシーンが増えていくのも面白いところ。

 その1つが、「トレインの効果」です。

 ロードレースは個人競技ではなく、チームで戦うものだというのが強くアピールされている作品ですが、それゆえ“ピンチになった仲間を助けに行く”という展開が何度かあります。例えば、山の入口で足が止まってしまった仲間を助けるため、既に上の方まで登っていたチームメイトが、わざわざ戻り、ピンチの仲間の前に入って(ロード用語で“牽く”とか“引っ張る”とか言う)、2人で車列を作って、先に行った仲間のもとへ合流する……というような展開です。

 べつに仲間が前を走ってくれるようになっても、その人がロープで引っ張ってくれるわけではありません。文字通り“前を走ってくれるだけ”です。そんなの何の意味があるんだと普通は思います。ただ、一度でも車列を作って長距離を走ってみると、その効果が非常によくわかります。

 1つは“風よけ”。ロードは指先だけで持ち上げられるほど軽い自転車なので、長距離移動に向いていますが、その軽さゆえ、風の影響を受けやすいという弱点があります。そこで、前に陣取って、風を切り裂き、風に押し戻されるのを防ぐ人がいてくれるだけで、前に進むのが非常に楽になります。これは、風の影響を強く受けるロードに乗ってみないとわからない感覚かもしれません。

 もう1つは“脳と目の温存”。走行中は当然、安全に走るために、情報収集と処理が必要になります。角から車が出てこないかどうか、信号は変わりそうか、地面にある黒いものはアスファルトの穴か? パンクするかもしれないから避けた方が良いか? ……などなど(レースではクルマの心配はいらないけど)。意識していなくても、走行中は目や耳、脳みそがフル活用され、疲労が蓄積します。車を長時間運転していると、体は疲れていないけど、頭と脳が疲れてダルくなるのと同じです。

 そういった負担を先頭の選手が受け持つことで、後続は体力を温存したまま距離を稼ぐことができ、先頭集団に復帰できたり、ゴールスプリント寸前で飛び出したスター選手が1位を獲得できたりします。その選手が1位になれたのは、当然ながら、チームメイト達が盾と先導役をやってくれたおかげであり、チームで戦わないと勝てないというわです。

 こうした、実際に乗ってみないとわからない感覚、ロードレースならではの面白さが密度濃く取り入れられているのが特徴。作者がバリバリの自転車乗りならではの作品です。


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  では熱血スポ根、努力友情勝利な文部科学省推奨漫画かと言うと、まったくそうではなく、主人公が代表格であるように、変態キャラクターオンパレードな漫画だというのが非常に良いところ。話数が進むにつれ、自分の筋肉に名前をつけて、名前を叫びながら坂を登ったり、背骨が無いうなぎ犬走法のキモキモ野郎など、全般的に脳がアレなキャラクターがガンガン登場。アブアブ言いながら坂道登るとか、腹抱えて笑えます。

 これはアレですかね、頼まれもしないのに激坂自転車でアヒアヒ登ったり、東京大阪1日で走ったりするような、自分の体をいじめる事に快感を覚える妙な人がロードレーサーには多いという暗喩でしょうか。とても素晴らしいです。

 とても素晴らしいんですが、熱意が溢れすぎているためか、唯一この作品で気になるのは”展開の遅さ"。なんと言うか、カーブ3個曲がるのに1巻使ってんじゃないかと心配になる事もしばしば。大きな大会で白熱するバトルも良いんですが、自転車はレースだけでもないので、そういうのが終わったら新しい自転車買いに行くとか、整備するとか、皆で練習がてら旅行行くとかなんか、そういうゆるいノリの話も挟んで欲しいところです。

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 サイクルモードインターナショナルでも凄い人気でしたが、アニメ化で、沈静化しつつあったロードバイクブームが再燃するかも気になるところ。その場合、聖地巡礼先はつくばとか木崎湖ではなくチャリで箱根とかになるんでしょうか。いろいろ大丈夫なんでしょうか。んなこと言ったら「ヤマノススメ」巡礼で遭難とか心配すんのと同じですけど。